大学卒業から十数年後、就寝前の夜。
フロアライトの明かりの下、今ヶ瀬はベッドに寝そべりながら、仕事用の資料をぼんやりと眺めていた。
それは今日、ある調査のために、わざわざ図書館から取り寄せてきたものだった。今夜中に目を通しておくつもりだったが、一日分の疲労と眠気で、紙面の文字はつるつると目を滑っていく。
軽く目頭を揉む。明日にしよう、と紙の束をサイドテーブルにばさりと置いた。
そのとき、シャワーを浴びたばかりの恭一が、淡い石鹸の香りを漂わせながら、寝室に入ってきた。
今ヶ瀬の横たわるベッドに腰かけ、自然なしぐさで彼の顎を指で上げると、額に唇をつける。
「まだ仕事すんの?」
「いえ……もう寝ます」
今ヶ瀬はそう答えながら、恭一の腰に腕をまわして抱きついた。そしてそのまま、強引にベッドの上に押し倒す。
手を押さえつけたままキスをすると、恭一が可笑しそうに目を細めて笑った。
「今日、仕事で◯◯区の図書館に行ってきたんですよ。……昔、一緒に行ったこと、覚えてます?」
二人でベッドにもぐりこみ、一日の出来事をぽつぽつと話していたそのとき、今ヶ瀬がふとそう尋ねた。
恭一は一瞬、記憶を探るような目をした後、あぁ、と懐かしそうな声をあげた。
「覚えてるよ。懐かしいな……。今度また、あの公園にクレープ食いにいくか?」
十年以上前の、あの秋の日。
今ヶ瀬にとっては忘れられない一日だったが、まさか恭一がそんな些細な出来事まで覚えていたことに、少し驚く。
あのときのクレープの甘い味が、せつない思い出とともに、舌の上に淡く蘇った。
本当はあまり好きではないのだ。
そう言おうとして目をあげる。すると、こちらを見ている恭一の瞳が、どこか悪戯っぽく笑っていることに気がついた。
「もしかして、俺がほんとはクレープ苦手だってこと、気づいてたんですか?」
当時の今ヶ瀬の様子を思い出しているのか、恭一が可笑しそうに笑う。
「うん。だってお前、食いたいって言った割にすげーまずそうに食ってるし、めちゃくちゃ食べるの遅いしさ。……ただ、あのときは、何か話したいことでもあるのかなって思っただけだったけど……」
聡いのか鈍いのか、よく分からない人だ。今ヶ瀬もおもわず、はは、と苦笑いをこぼした。
「クレープはもうこりごりです。でもまた、一緒に行きたいな……」
そうだな、と答えながら、恭一が今ヶ瀬の身体を抱きよせた。今ヶ瀬は柔らかくそれを受け入れると、恭一の胸板に頬を寄せ、深くため息をつく。
あたたかな肌の温もりに、一日の疲れがじんわりと癒されていった。
——今度こそ、ちゃんとデートしに行きましょう。
そう恭一に伝えたかったが、彼と抱きあっている幸福感が眠気を誘い、みるみるうちにまぶたが重くなる。
ゆっくりと髪を撫でる恭一の指先を遠く感じながら、今ヶ瀬は心地よい眠りに身を任せた。
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