『やっと仕事終わりました。これから帰ります。』
今ヶ瀬の簡潔なメッセージが携帯電話に届いたのは、ちょうど恭一も仕事を終えて帰宅する通勤電車の中だった。
長期出張で今ヶ瀬が家を留守にしてから数週間。依頼人への報告業務も終わり、ようやくひと段落ついたようだ。
出張中もたびたび電話で会話はしていたものの、今ヶ瀬と顔を合わせるのは久しぶりだった。
『おつかれ。俺も今帰ってるところ。』手短に返信を送り、携帯電話を握りしめる。最寄駅に到着すると、恭一は普段よりも足早に改札口へと向かった。
マンションに近づくと、部屋の窓にはすでに明かりがともっていた。そのあたたかな色あいに、ふわりと心がはずむ。
玄関を開けると、馴染みのある煙草の香りがかすかに鼻腔をくすぐった。しかし、廊下はしんと静まっている。
「——今ヶ瀬、いるの?」
恭一が靴を脱いでキッチンを覗くと、今ヶ瀬はまるで昨日の続きのようにそこにいた。彼も帰宅したばかりなのか、外の世界の空気をまとったまま、換気扇の前でのんびりと煙草を吸っている。
そして恭一の方を向くと、いつもと変わらない声音で「おかえりなさい」と言った。
久しぶりに見る今ヶ瀬の姿に、なんとなく一瞬、言葉につまる。
「メシ、もう済ませました?」
煙草を消しながら、今ヶ瀬が尋ねた。
「いや、まだ……」
「惣菜買ってきたんで、一緒に食いましょう」
そして冷蔵庫を開き、「うわ、ビールしかない」と呆れた声を出している。
今ヶ瀬の普段通りのその様子に、恭一はほっと心を緩めた。とりあえずスーツを脱ごうと、寝室に向かいかける。しかしふと立ち止まると、彼の後ろ姿に声をかけた。
「今ヶ瀬」
今ヶ瀬が恭一の方を振り返る。
「……おかえり」
恭一がそう言って微笑むと、今ヶ瀬も嬉しげに目を細め、「ただいま」と笑った。
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