彼を前に抱いたのはいつだっけ、と思い出そうとしたが、それは思い出せないくらい昔のことなのだった。
恭一の腰を抱き、背後からゆっくりと挿入する。思いのほか、乱れる恭一を見下ろしながら、今ヶ瀬はふとそのことに気がついた。
恭一と、セックスをしていないわけではなかった。彼と恋人同士になって数年、むしろその回数や頻度は決して少なくはないだろうと思う。
しかしそういえば、恭一から身体を求められるとき、それは彼が「抱きたい」場合のみであって、「抱いてほしい」と言われることはなかった。
つい、求められるまま抱かれる喜びを享受していたものの、配慮が足りなかったかもしれないな、とちらりと反省する。
かつて「女の方がいい思いをしてる」と口走ってしまうほどには、彼も抱かれることに快感を覚えてはいるのだろう。
けれど、元々がノンケの彼にとって、それは言い出しにくいことなのかもしれない。
「あぁ……っ」
気持ちのよい場所を探るように腰を動かすと、恭一がひどく切なげな声をあげる。
——可愛い。
抱かれているときとは種類の違ういとおしさが、じわりと胸にこみ上げる。
彼の背中に覆いかぶさるように密着し、その清潔なうなじに唇を這わせた。滲みはじめた汗を、丁寧に舌で舐めとる。
そのまま、音を立てて耳朶に口づけながら奥を突くと、より大きな声をあげて恭一が悶える。律動にあわせて揺れるその黒髪から、一粒の汗がぱたりとシーツに落ちた。
そして、激しく腰を打ちつけながら、彼のペニスを愛撫しようと、熱く張りつめたそれに触れる。するとその瞬間、恭一がびくりと痙攣して果てた。
「えっ」
普段の彼からは考えられない、あまりにあっけない射精に、おもわず驚きの声が漏れる。
その声を耳聡く聞きつけた恭一が、荒い息をつきながら、ちらりとこちらを振り返った。少し悔し涙を浮かべて睨みつけてくる表情がたまらなくて、今ヶ瀬もそのまま果てる。
——さて、どうしよう。
今ヶ瀬はくわえた煙草を唇から離し、ゆっくりと静かに煙を吐いた。
横目でそっと隣の恭一を窺い見る。先ほどからこちらに背を向けて横たわったまま、石像のように身じろぎもせず、一言も口を開かない。
数々の女性経験から培われたのか、元々の性格によるものなのか、恭一はセックスが結構上手い。
抱いている相手の感じる場所を敏感に察知し、時間をかけた丁寧な愛撫で、相手を——というか俺を——いつも繰り返し、絶頂までいざなってくれる。
しかし先ほどの(おそらく不本意な)射精が、彼のセックスに関するプライドを傷つけてしまったようだった。
——今日は俺が抱いているんだから、いつイッてもいいのに。
そう思う一方で、同じ男として、恭一の忸怩たる気持ちも理解できた。
あのとき、つい驚いた声を漏らしたのはまずかったな、と思う。けれど、そのことについて謝ったりすれば、むしろ完全に恭一の心にとどめをさしてしまうだろう。
今日の先輩、すっごく可愛かったですよ——と言いかけて、口をつぐむ。本心だったが、余計にこじれそうだ。
「先輩。風呂、わきましたよ」
そのかわりに、さりげない声音でそう声をかけた。
黙っている恭一の髪に指を入れ、ゆっくりと撫でる。汗ばんだ髪から、彼のほてった体温がじんわりと伝わってくる。
「……今日は入らない」
頑として姿勢を変えないまま、ぼそりと言う。
「えぇ? 俺、結構ベタベタにしちゃったし、流さないと気持ちわるいでしょう。……入りましょうよ」
あくまでほがらかな調子で声をかける。しかし、恭一はふるふると無言で首をふり、かたくなに“拒絶”の態度を崩さない構えだ。
その動作がまるで意地っぱりの子ども同然で、いけないと思いつつ、ふつふつと笑いがこみあげてくる。
——笑っちゃダメだ。ここで笑ったら、絶対にマズい。
声が震えないよう細心の注意を払いながら、叱咤する口調で「俺が洗ってあげますから、ホラ」と、恭一の裸の肩を揺する。
するとやっと、観念したようにしぶしぶ起き上がった。
気まずそうにそむけた頬に何度もふざけたキスをすると、ようやく「やめろよ」と避けながら、弱々しく笑った。
——まったく、世話の焼ける人だ。
恭一の手を引いて風呂場へ向かいながら、知らず知らずのうちに、頬が緩む。
どこかしょんぼりとした足取りでついてくる恭一を背に、もっと抱く回数を増やさねば、と内心決意する今ヶ瀬だった。
Comments