今日は彼が抱きたいのだということが、恭一とキスを交わした瞬間、今ヶ瀬にはわかった。
口づけの合間をぬってお互いの服を脱がせあい、縺れるようにベッドの中に沈みこむ。スプリングがかすかに、ぎし、と鳴った。
そのダブルベッドを買おうと言い出したのは、恭一だった。
あの雪の日から数年経ち、今ヶ瀬の強い希望によって慌ただしく買い替えたセミダブルのベッドは、性交のたびに大きく軋むようになっていた。
「このベッド、ぎしぎしうるさくて恥ずかしいな。いかにもセックスしてるって感じで」
恭一がふと、ベッドのフレームをのぞきこみながら言う。ゆっくりとセックスを愉しんだ週末の夜、二人は裸のまま、ベッドの中で過ごしていた。
「貴方が激しくするから?」
「バカ」
からかうように問いかけた今ヶ瀬に、お前も大概だろ、と恭一が言い返した。
「次は、ダブルベッドを買おうか」
そしてふいに、恭一がそう提案する。
「なんなら、もっと広い部屋に引っ越してもいいし」
そこまで言うと、返事がないことに気がついたのか、今ヶ瀬の方を振り返った。
「そうですね。貴方ももうオジサンですから、腰にいいマットレスにしないと」
今ヶ瀬はさりげなくそう答えると、くるりと恭一から背を向けて寝転んだ。
恋人として付き合うようになって何年経っても、二人のこれからを自然に語る恭一の言葉に、心が浮きあがるような嬉しさがこみ上げる。
緩む頬を枕に隠して喜びを噛みしめていると、そうと気づかない恭一に、背後からがばりと抱きすくめられた。
「誰がオジサンだ!」と笑みの滲んだ声で言いながら、脇腹のあたりをくすぐってくる。あはは、と今ヶ瀬は明るく笑うと、恭一の腕から逃れようともがいた。
しばらくふざけながら、主導権を取りあって揉み合う。しかし、ついに恭一が今ヶ瀬の手を片手で押さえつけると、勢いよく腹のあたりをくすぐった。
「すみません! 降参!」
息をきらして笑い悶えながら、今ヶ瀬が声をあげる。するとその顔に、同じように楽しげに笑っていた恭一が、軽く口づけた。
目を上げると、いつもの恭一らしい、優しくあたたかな眼差しが視界に入る。しかしふとなにか言いたげな目になると、ためらいがちに数回、瞬きした。
「先輩、どうかしました?」
「……いや、なんでもないや。ごめん」
なんだそりゃ、というように今ヶ瀬が目を見開いてみせると、ふ、とくしゃりと笑う。
その柔らかな表情に堪らない気持ちになり、今度は今ヶ瀬から、恭一の首に腕をまわしてキスをした。
——我ながら、幸せボケしてるな。
しかし、目の前の男もひどく幸福そうな目をしていて、お互い様ならまぁいいか、と思い直す。
そのまま、二人でくつくつと笑いあいながら、戯れのようなキスをくり返した。
はじめは冗談半分だったそれが、次第にお互い無言になり、唇を重ねている時間が長くなる。
今ヶ瀬は誘うように恭一の唇を甘く噛むと、舌の先でちらりと舐めた。
するとしびれを切らした恭一が、今ヶ瀬の首筋を手でおさえ、唇の隙間から舌を差し入れた。その深い口づけに、今ヶ瀬も自分の舌を絡めて応える。
そして、名残惜しむように何度か唇を吸いあったあと、ゆっくりと顔を離した。
その時ふいに、恭一と目が合った。情欲の滲みはじめた目の色が、今ヶ瀬と視線が絡んだ瞬間、より一層深くなる。
きっと自分も同じような目をしているんだろう、と今ヶ瀬は思った。
「……もう一回、する?」
太腿にあたっている恭一の陰茎に手を伸ばし、囁きまじりに問う。そして、すでに硬く熱を持っているそれを、愛おしげに指でなぞった。
恭一は快感を堪えるようにわずかに眉をひそめ、今ヶ瀬を見下ろした。むっとしたような困ったようなその顔に、煽っておいてよく言うよ、と書いてある。
「いいけど、お前しんどくないか?」
少しためらうように、そう尋ねる。
「平気です」
指を這わせるほどにどんどん硬さを増していくそれが、もう欲しくて仕方がない。つい先ほど、目の前の男にさんざん愛撫されたはずの身体が、ふたたび熱く疼いていく。
——もう一度、もっと激しく抱いてほしい。
恭一に向かって、懇願するような眼差しになっているのが、自分でもわかった。
「大丈夫だから……、お願い」
最後まで言い終えないうちに、おもむろに唇をふさがれる。
口づけている間中、今ヶ瀬のうなじを逃げないように支えている恭一の手が、時折、甘やかすように耳朶を撫でる。
そのたびに、今ヶ瀬の唇から声にならない吐息が漏れた。
そんな手がなくても逃げるはずもなかったが、そうされることを今ヶ瀬が望んでいると、恭一はきちんと知っていた。
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