「——お前さぁ」
何度目かのキスの後、唇を離したその合間に、恭一が囁いた。
「ここにほくろがあるって、知ってた?」
今ヶ瀬の下着の中に手を忍びこませ、脚の付け根あたりの皮膚の一点を、指先でなぞりながら尋ねる。
そんなところ、下着を脱いで脚を開かないと分からない。くすぐったさと快感のはざまで、今ヶ瀬は身をよじって吐息を漏らした。
それにしてもいつのまに、そんな際どい位置のほくろを覚えられるほど、まじまじと見られていたのだろう。
返事をしようと小さく息を吸った瞬間、すぐにまた唇を塞がれた。ふいうちで舌を甘く噛まれ、腰から力が抜けそうになる。
今ヶ瀬はまだスーツ姿のままの恭一の背中に、しがみつくように手をまわした。
お互いに仕事が多忙だったこともあり、その日は久しぶりに、二人きりで過ごせる週末の夜だった。
仕事から帰宅した恭一を玄関で出迎え、どちらからともなくキスをした。恭一のその唐突な言葉は、そのまま縺れあうように寝室に入り、抱き合っていた矢先のことだった。
「……そんなの、貴方しか知りませんよ」
ようやく離れた唇の隙間から、熱に掠れた声で答える。
「ふーん」
恭一は納得しているのかいないのか、どうだかな、と冗談めいた、しかしどこか含みのある言い方で返した。
本人は隠しているつもりらしいが、こうして時折、今ヶ瀬の過去の男達に対する嫉妬と対抗心を覗かせる。
——自分だって、さんざん女を抱いてきたくせに。
その理不尽な嫉妬に呆れる一方で、恭一の意外に子どもじみた独占欲に、奇妙な愉悦を感じるのも事実だった。
「準備する?」
今ヶ瀬のTシャツの中に手を入れ、肌の感触を愉しむように這わせながら囁く。しかし今ヶ瀬が、いえ、と短く答えると、不思議そうな目をして顔をあげた。
「もう済ませてるので」
恭一は驚いた様子で黙った後、「準備して待ってたんだ?」と、からかいまじりの表情で微笑んだ。
セックスを期待していたことを見透かされた恥ずかしさと、そのことをからかわれた腹立たしさで、今ヶ瀬はむっつりと黙りこんだ。
「……お前は、本当に可愛いね」
恭一はわずかに顔を俯けると、独り言のようにつぶやいた。
時折、彼以外の人間から投げかけられるときには、苛立ちしか感じないその言葉が、今ヶ瀬の耳を甘く痺れさせる。
ベッドの上に身体を押し倒され、ふたたび深くキスをする。もっと、という意思表示に、今ヶ瀬は恭一の髪に手を入れ、ぐっと引き寄せた。
しばらく集中して舌を求めあっていると、ふいに今ヶ瀬の肌をまさぐっていた手の感触が消え、ふっと唇が離れた。
見上げると、恭一は今ヶ瀬の身体にまたがったまま、ベッドサイドの引き出しにある潤滑剤を取り出していた。その最中も、片手で器用にネクタイを緩めている。
普段より余裕のないその様子に、ふ、と笑うと、むっとしたように、なんだよ、と恭一が言った。
「そんなに、俺を抱きたかったんですか?」
先ほどの仕返しのつもりで、わざと薄い笑みを浮かべながら、存分に皮肉をきかせた口調で聞く。
——調子にのんな。
そんな言葉が降ってくると思っていたが、しかし恭一は、意外な真顔でこちらを見返した。
「そうだよ」
今ヶ瀬の目を見据えたまま、真剣な声で言う。
「……貴方って、本当に狡い」
「思い知ったか」
もどかしげにベルトを外す音を聞きながら、今ヶ瀬もすでに熱く火照った身体から、服と下着をベッドの外に脱ぎすてた。
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