Title:翌朝


勢いよくカーテンを開く音で、目が覚めた。続けて、カラカラと窓を軽やかに開ける音が聞こえてくる。

朝の眩しい光が寝室中に満ちるなか、恭一はベッドの上で、ちいさくうめき声をあげた。日の光を遮るように、頭まで布団をかぶって寝返りをうつ。

そのままうとうとと眠りの余韻を味わっていると、ベッドに近づいてきた今ヶ瀬に、「いつまで寝てるつもりですかー?」と、顔をのぞきこまれたのがわかった。

しばらく未練がましく目を瞑っていたものの、観念して起き上がる。

軽く目をすがめるようにして、ベッドサイドの時計に視線を向けた。午前11時02分。休日とはいえ少し寝過ぎてしまったと、ちらりと後悔する。

今ヶ瀬の姿を探すと、彼はすでに身支度をととのえ、窓辺に置いてあるいくつもの観葉植物に水をやっているところだった。

いつの頃からかゆるやかに増えていった、恭一には名前もわからない植物の数々——


かつて彼と、確かな言葉も約束もなく、曖昧な関係のまま過ごしていた頃。

当時の今ヶ瀬は、恭一の部屋に居着きながらも、まるでつねに終わりに備えるように、必要以上の私物をけっして持ち込もうとはしなかった。

しかし、指輪をおたがいに渡しあい、日を重ねるにつれ少しずつ——観葉植物や本やこまごまとした日用品を、彼は部屋に置いていくようになった。

そのことに自分がどれだけほっとしていたか、今ヶ瀬にはきっとわからないだろう、と恭一は思う。

今日の彼は、あっさりとしたTシャツと、はきこんだジーンズを身につけている。これ以上ないほどシンプルで、そしてそれが彼の細くしなやかな身体によく似合っていた。

今ヶ瀬は自身の外見的魅力を正確に把握し、それを効果的にみせる術を熟知している、と恭一は感心するように思う。

それは、彼がゲイであることと関係があるのだろうか? いずれにせよ、同性の目から見ても、彼が魅力的な男性であることは否定のしようがなかった。

恭一はベッドに座ったまま、窓辺に立つ今ヶ瀬の姿をぼんやりと眺めた。

彼の色素の薄い髪と肌が、朝の日差しに透けている。きれいだ、と心の中でそっと思う。

ふいに、彼の腕をつかんでベッドに引き倒し、その首筋に唇を這わせたいという欲望が、身体の奥からむくりとわきあがった。

今ヶ瀬は、抵抗するかもしれない——洗濯や掃除などやることがたくさんあるのだと言って、彼は休日の午前中に行為をすることをあまり好まなかった——しかし、彼のどの部分に、どのように指を使えば、その全身から力が抜けるのか、恭一はもう十分に知っていた。

そんなとき、少しくやしげに顔を歪め、それでも堪えきれずに声を漏らす彼の反応に、自分でも抑えがたいほど欲情し、夢中で貪ってしまうのだった。

けれど今、実際にそれを行動に移すには、あまりにもこの部屋は眩しい光に満ちていた。唐突にわきあがった性欲は、あっけないほどするすると光の中に霧散してゆく。

そのとき突然、今ヶ瀬が首に手をやったので、まさか心の中を読まれたのかと、一瞬、ぎくりとする。

今ヶ瀬はそのまま、「あー、それにしても肩がこったな」と言いながら、わざとらしく首のあたりを揉みはじめた。そして、恭一の方をちらりと振り返る。

「……なに」
「まさか、覚えてないんですか? 昨日の夜中、寝ぼけて俺にしがみついてきたんですよ」
「ぜんぜん覚えてない……」

ふと目を覚ましたとき、今ヶ瀬が眠れない様子だったことは、うっすらと覚えていた。

彼は時折、そうして夜中に目を覚ましては、一人で孤独に耐えるように、じっと起きていることがあった。

手足に触れると妙にひやりと冷えていて、恭一が彼の身体を抱きしめると、まるで子どものように強くしがみついてくる彼が、いじらしかった。

しかし、今はもういつも通り、クールで皮肉屋の今ヶ瀬に戻っている。

あの素直な可愛らしさが、普段の彼にももう少しあれば……と思わないこともなかったが、すっかりいつもの調子を取り戻している彼の様子に、内心、ほっと安堵する。

今ヶ瀬は「これだもんなー」とか「身動きがとれなくて大変だったんだから」などとぶつぶつ言いながら、水やりの続きに戻っている。

そして、ひとつひとつの植物の鉢を丁寧に検分しながら、「それより、今日は外で昼めしを食べませんか?」と、隣町にあるパン屋兼カフェの名前を挙げた。

今日みたいな日は、きっとテラス席が気持ちいいですよ、と機嫌よく言う。

公園のそばにあるその店はテラスを囲む緑が美しく、天気のよい休日の午後、二人はそこでのんびりと食事をとることが好きだった。

恭一は、その店でよく頼むメニュー—— 焼きたてのトーストに載せられた半熟卵とホワイトソースが、ナイフを入れるととろりとくずれる——と、しぼりたてのオレンジジュースの味を、舌の上に思い浮かべた。

先刻まで感じていなかった食欲が、たちまちむくむくと湧いてくる。

「うん、いいな。行くか」

続けてふと、「そのあと、公園を散歩でもしようか」と提案してみる。今ヶ瀬は微笑みを含んだ声で、「いいですね」と言葉を返した。

そのまま街に出てもいいし、少し足をのばして遠出してみるのもいい。

そんなことを考えていると、なぜかふと、数年前の光景が頭をよぎった。

恭一の前で、身体を丸めてうずくまり、苦しそうに泣いていた彼の姿——

あのとき、今ヶ瀬が放った言葉は恭一をひどく傷つけたが、ほかでもない自分自身が、彼をあそこまで追いつめたのだと、痛いほどわかっていた。

今ヶ瀬はあの日のやりとりを、まだ覚えているだろうか。

「今日は休みだし、天気もいいし。——男二人でも、行こうと思えば、どこにだって行けるだろ」

すると今ヶ瀬が、恭一の方を振り返った。少し驚いたような目で、恭一を見る。

そのとき、風に揺れたカーテンから、ベランダで反射した朝の光が強く差し込んだ。眩しさに、おもわず目を細める。

その光のせいで彼の表情はよく見えなかったが、今ヶ瀬がこぼれるように笑ったことが、恭一にはわかった。

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